#14 治験の昔話

(2003/08/11にはてなダイアリーにアップしたものを書き改めました)

医薬品の開発には「10年100億」ともいわれる長い期間と莫大な投資が必要ですが、その中でも人による臨床試験(治験)は非常に大きな割合を占めています。
治験とは簡単に言えば人体実験で、これによって人に使用した際の安全性と効果を評価するものです。

製薬会社も本当は人による実験なんてしたくないんですが、そうはいってもやはりマウス、モルモット、イヌ、サルなどの動物と人は違います。
ということで、新薬の開発には、ほぼ例外なく治験が実施されることになります。

今日はそういった治験の昔話をしましょう。

現在はこの治験、開発している企業の社員は参加できないのですが、10年ほど前までは参加することができました。
日本では海外とくらべて治験の参加者が集まりにくいので、手近なところで治験への参加者を確保できるこのシステムは結構利用されていたのです。

ところが、この一見便利そうなシステムは研究所の人間にとっては恐怖以外の何物でもありませんでした。

研究所というところは言い換えればその薬を生み出した部門であって、治験に入るか入らないかの段階ではその開発中の新薬のことを一番良く知っています。
ですから、研究所員がその薬を使った治験に参加しない…という話になると、他の部署の人たちには「今度のモノは危ない」というイメージを持たれかねないのです。そうするとやっぱり誰でも危ないモノはいやですから、社員でも応募する参加者が非常に少なくなってしまいます。
研究所員が参加しないと、他の人が参加しないのです。ということは…
開発に携わった研究所員はほぼ「義務として治験に参加」しなければならなかったのでした。

研究所員が参加する治験は、健康な成人を対象に、たとえば、最初は10mg、次は25mg、そしてその次は50mg…と徐々に投与量を上げていき、「どの量まで投与しても安全か」を確認する試験でした。

さて、ある時、とある薬の治験をする事になりました。もちろん研究所員は参加することになりました。

ところが、この薬、(薬の作用から見て)ほぼ間違いなく吐き気を催すらしいということが既にわかっていました。
まあ、誰だって、はじめから気持ちが悪くなるのというのがわかっているものを口にするのは気が進まないものです。
研究所員だって人の子、ブルーになっていたのは間違いありません。

しかし、そこはちょっと変わった人たちが集まっている研究所員、ただ者ではありません。
この薬の治験でどれだけ吐かずにいられるかということを競い合ったのでした。

今思えば妙なことに対抗意識を燃やしたものですけど、そうでもしないと薬の投与前に気持ち悪くなって吐きそうだったのかもしれません。

そして…


彼らは見事に耐え切りました。

投与が終わった後の雑談では「吐きそうだったのを気合で飲み込んだ」とか「胃からゴポゴポ上がってくるのを押し込んだ」とか言われていたという話があったとかなかったとか…
と、と、とにかく彼らは耐え切りました。
この試験の結果、算出された安全な投与量は250mg、計画で予定されていた投与量の中でも最も高い値でした。

この好結果に喜んだ上層部は次の開発段階へ進むことを決めました。
今度は一般の人が対象です。
投与量は、250mgよりも少なく、より安全な150mgからスタートすることになりました。

そして…


結果:全例(8/8)嘔吐

全員吐きました。
研究所員によるガマン大会があったことなど知るはずもない一般の人はごく普通の反応を示し、ごく普通に吐いたのでした。

しばらくしてこの薬の開発は中止となり、数億円の開発費が泡と消えましたとさ。
(おわり)

(注1:この話はフィクションであり実在の人物・事件とは全く関係ありません)
(注2:現在の臨床試験ではこのような事はありません)

tsuru の紹介

株式会社オフィスコトウ取締役
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